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田中慎弥「犬と鴉」

 負けて終わった戦争が残した、何もかも焼き払われた土地で、人々は生まれたての悲しみを、失った家族のつもりで、本当の家族であれば痛くて逃げてしまいたくなりそうなほど力いっぱい抱きしめた。食糧不足で減った腹を不幸で満たしていたのだ。この間まで敵だった国の宣教師に、あなたはどうしてそんなに苦しそうな顔をしているのですか、と問われれば、戦争で家族を亡くしたのです、と答えればよかった。もし、あなたたちに家族を殺されたのです、と答えてしまえば悲しみはたちまち孵化して怒りが生まれただろう。怒りは腹持ちがしない。だから人々はいつまでも悲しんで暮らしていた。悲しみの他に焼けなかったのは、川と海と古い図書館だけだった。やけなかったということは水があるってことかもしれない。だったら食べ物も、と思い込んだ悲しみの味を知らない人たちが図書館に集まってきたが、あるのは言葉ばかりなのでがっかりした。

05 02-2012 note Trackback:0Comment:0

アニー・ディラード「本を書く」THE WRITING LIFE

あのころ、私は家の中の観葉植物をぜんぶ枯らしてしまった。本を書き上げてから、私はそのことに気がづいた。張り出した窓に置かれていた鉢入りの植物は、真っ黒になって完全に死んでいた。私は単にそれらを死なせただけでなく、まったく動かさなかったのだ。あの期間、私は町から田舎の家に移った友人たちに、遊びにこないでくれと断っていた。

「あなたは結婚なさっているようですな」と、あろ男が私に言った。ニューヨークで私の本の出版社が開いてくれたフォーマルな昼食会の席上でのことだった。
「本を書く時間など、どこにあるんですかな」
 はあ?
「だって、そうでしょう」とその男は言った。「例えば、庭の世話があるでしょう。ご主人のお客ももてなさなければならないだろうし」
 私はこの七十がらみの男性を馬鹿だと思った。私が何をしなければならないかなど、彼に指図を受けるおぼえはない。私はいま、二十代の頃の自分の没頭癖を思うとぞっとする。だがいま思えば、あのころすでに私は、いつかきっとそんな自分にぞっとするだろうなと思っていたふしがある。

07 11-2011 note Trackback:0Comment:0

まだ入院中

届いた本。




料理の方法は、リハビリ病院で教わったのとだいたい同じだが、爪切りのしかたに脱帽。

***

その他、ほとんどの時間つぶしはこれ。チョー飽きない。

おさわり探偵 なめこ栽培キット

10 08-2011 talking rubbishes Trackback:0Comment:0

住めば都


ふさぎ込むのもいい加減飽きた。カーテンを開け、朝夕3往復の歩行をはじめる。食事がつまんないなら通販で取り寄せる。挨拶代わりに話しかけてくる病室の隣人に感謝。介護保険の謎はボスに任せておく。来週か再来週か、そのうちきっと解明されるだろう。こうなりゃ自棄だ。
06 08-2011 talking rubbishes Trackback:0Comment:0

晴れて生活保護になったわけだが

8/10(水)までに退院できるとはかぎらないしなあ。東京のパレードも今年は歩かないし。

「わたしたちの声をきいてください!生活保護利用者デモ」


入院中なので働けないし、そもそも障害者なので働く場所がないし、親に扶養してもらうのは勘弁だし、そういうわけで生活保護に。

週末は役所の窓口が開いてないらしいから、今週の退院はダメだな。生活保護1年生としては、おにいさんおねいさんがたの情報や知恵やテクニックをいただきながら、賢く過ごす方法、受給者側の問題点などをみいだしたかったんだけど、どうやら無理らしい。
05 08-2011 talking rubbishes Trackback:0Comment:0

倒れた当初は死を何度か意識した。心肺数を測るモニタを四六時中チェックしており、寝ている間、付き添いのNs.に揺り起こされてびっくりしたことがある。瞳孔反応なしのために総合病院に転院し、見舞い人が急遽呼ばれた。正直、眠るのが怖いと思った時期もある。

歩けるようになった今、体力がどんどんついて自身を回復し、できなかったことが少しずつできるようになって、死ぬことを考えなくなった。でも、死ぬよりも生きることのほうがよっぽど残酷で辛い仕打ちもある。地獄はすぐ隣にいて、精神が腐敗していく。病室の隣人も職員もそんなことにはつゆ知らず、知らない人々を思うとつい絶望感が顔をもたげてくる

意識戻らず…無念 松田直樹選手 家族に看取られ死去
04 08-2011 talking rubbishes Trackback:0Comment:0

ああひまだ。

暇なときはこれを見るに限る。

*注:映像とテキストは一切関係がありません。









なぜ暇かというと、リハビリを受講する保険期間がとうに過ぎ、過ぎてはいるのに介護保険がいまだ降りてない。これでは具体的なケアプランが立たず、退院して在宅で生活するとなるとヘルパー派遣や福祉具レンタルなどの制度を使えず不便でならない。だから介護保険が降りるまで待ち、準備万端となって安心して退院しましょう、というのが医療スタッフの言い訳である。どんなに準備が整っても無駄だろうに、不便は不便だよ。だいいち、寝ても覚めても身体は不快だ、とは決して言わない。言えばスタッフの無力感、徒労感が苛まれる。









7月末でリハビリ保険期間が過ぎたので、今月からは一切なし。途切れ途切れに入るものだから、読書や映像鑑賞、ネット活動が中断されてしまった。ならばシャットアウトされないうちにサイトに書き込んでおきましょうというわけ。言い換えるなら死ぬほど暇ということである。自由に外出できるわけもなく、リハビリ病院なのにリハビリがないという矛盾。もともと無口なのにますます誰ともしゃべらなくなってる。物理的に口が重い理由でもあるが。
ときどき、病室が独房のように思えてくる。Twitterやスカイプのようなオチャットやオンライン会話も煩雑で面倒くさくて敬遠してしまう。なんの罪で閉じ込められているかまったくわからない終身刑。自分の憤りにははっきりとした対象がない。なのに、考え出すとあれもこれも一斉に針が自分に刺さってくるのだ。









刑務所ならば、品行方正ならば模範生として評価し、刑の任期を短くしたり待遇改善したりするが、ここはそうではない。後からやってきた者が楽しそうに軽快に追い越していく。ものは考えよう気の持ちよう。明日の楽しみを持てばきっと待ち遠しくなり、退院するのが惜しくなる。そう思って、木曜日は『アメトーーク』『うさぎドロップ』『輪るピングドラム』、金曜日は『この世界の片隅に』を見るまでは退院できないぞ! 院内は涼しくて快適で問題ないし! と虚しく抵抗しておこう。そのうち解放宣言が出るだろう。1年も放置してネットの過疎地になったサイトで退院のカウントダウンを密かに地味にやってみようと思う。


03 08-2011 talking rubbishes Trackback:0Comment:0

退院したら

これが欲しい。


料理の知恵やテクニックより、便利な道具をどれだけ集めているかによる。スライサーやフードプロセッサーなんて、ほんと両手持ちにも便利だもんなあ。

入院して、突然テレビのある生活になり、ひっきりなしに流れるのは料理とグルメ番組。食材の宣伝でも、簡単で具体的なレシピがあると「自分もやってみよう」と思う。この夏、そうめんのヴァリエーションを次々に考えるのがやめられない。元気なときはそうめんレシピなんてちっとも思い浮かばなかったのに。

食の幸せがあるうちは幸せだ。味覚麻痺した患者さんは、何を食べても味がしないと言ってた。


正直、漠然とした単調な動作よりも具体的かつ実践的動作のほうが充足感&達成感が。訪問リハも一応頼んだけど、結局アイディアを出すのは生活者本人だからな。はたして、洗濯のしかたをヘルパーさんに頼らず、より効率的に行うにはどうしたらよいか。DIYのセンスも必要だろうな。ALS患者の自宅はすべてオリジナル仕様で、当然ながらヘルパーさんたちが編み出したアイディアの宝庫。

03 08-2011 talking rubbishes Trackback:0Comment:0

もう1年ですかい

ひさしぶりにサイトを覗くと、最終更新は昨年の8月後半。あれから約1年経った。 猫も大きくなって避妊手術を行った。

そして本。

熊谷晋一郎『リハビリの夜』

入院当初、amazonで注文。CPに生まれついた著者は、いまだかつて“正しい”ボディイメージを持ったことがない。身体が曲がっているということは、世界がグニャグニャでありフワフワあるということ。半身不随のわたしでこそ、ちょっと驚いたりすると腕がビクンと弾んだりする。毎日、脚の歩行のコンディションが微妙に異なる。これが全身となるとどうしたものか。ご本人に会ったとき、「カッコいいなあ電動車イス!」と感銘を受けた。黒い胴体で、介助者ごとステップに乗るというオリジナル設計。ひそかに工房の名前を教えてもらった。

綾屋紗月『前略、離婚を決めました』

いつか読みたいなあと思っていたら、某デモ集会に参加していた。版元が倒産し、 著者が現物を持ち、まるで行商人のように本を売り歩いていたので早速購入。読者対象が中学生以上とはいえ、なかなか鬼気迫る描写である。

山田規玖子『壊れた脳 生存する知』

担当のSTから教えてもらったもの。靴ひもが編めない、時計が読めないなど、高次脳機能障害のという「見えない障害」にスポットをあて、日常の困ったことやトラブルなどを綴る。ちょっとだけわたしの道しるべになった。著者の山田さんは外科医であり、「モヤモヤ病」問い持病から3度脳出血したことから、辛い苦しいという主観的感情よりも、客観的な情報と冷静な憶測、ユーモアあふれるエピソードなど、おおいに参考になった。脳梗塞の当事者というと人生もゴール目前な年代だが、山田さんは最初の出血が34歳で子どもも出産していることに興味と共感が。

多田富雄&柳澤桂子『露の身ながら』

免疫学者と遺伝学者の往復書簡。脳梗塞から重度の障害を持ち、精力的に執筆活動を行った多田と、かたや原因不明の難病に倒れ、安楽死を考えた柳澤。ちなみに、大庭みな子も『闘病記』をしたためていることを知る。脳梗塞文学なるものをリレーで読み解くも、その最大は『潜水服は蝶の夢を見る』。

こぐれひでこ『こぐれひでこのおいしいスケッチ』

おともだちから借りたもの。いつもテレビで肉や魚のジューシーな映像ばかり見せられていると、ついつい目を奪われてしまうが、動物性タンパク質の美味しさってワンパターンなもの。しかも、どこどこを食べるにはわざわざ電車に乗って遥か遠くの街まで出かけて行かなければならない。時間とお金がかかるし、食べてなくなれば記憶は舌と鼻に残るだけ。あとは毎日の夕食の代わり映えしないメニューにうんざりである。しかし、こぐれひでこがつくるのは、チコリやひよこ豆やクレソンなど、ちょっと珍しいけど近所の八百屋で見つけられないことはない材料と、オリーブ&レモン&塩こしょうという、ふだんの料理ではなかなか扱えない、でも、いつのもスーパーで確実に買えるという手頃さである。そして、料理研究家ではなくイラストレーターという、自由な発想と柔軟な組み合わせで美味なるアイディアを想像する、そのちょっとした工夫である。


02 08-2011 talking rubbishes Trackback:0Comment:0
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