タイトルに惹かれて即献本申し込み。
本日、営業のため(営業にかこつけて?)ビールをしこたま飲んできた。日本酒党のわたしは、バーに行くとドラフトビールくらいしか飲むものがない(外に出向いてまで瓶ビールや缶ビールは飲みたくない)。洋酒を飲むと悪酔いするし、ワインは頭が痛くなる(オーガニックワインは平気♪)。焼酎は、味や香りの違いがわかるほど飲みつけていない。そんなわけでビール腹。昨日も別口でさんざんビール飲んできたのに。
ぱんぱんのビール腹を抱えて帰宅すると、くだんの本が郵便受けに。開封すると、漫画で読ませるタイプの本だった。大田垣晴子さんって漫画家さんだったのね(無知)。てっきりビールを専門に研究している学者さんなのかと(表紙は真っ青なので漫画だとは思わなかった)。
ちょっと肩の力が抜けたけど、ビールでほどよく酔った頭でも小一時間で読めた。ビール飲みながら読むのもオツかも。
内容は、ビールのうんちく半分、ビールを主食に味わえる料理の紹介半分。著者の大田垣さんは、わたしと同世代のせいなのか、食文化を形成した経済的背景が近似しているのか、やたらと食い物の好みが合う。特に辛いものや臓物系が好きだったり、そばやうなぎでビール飲んだりするオヤジなところとか。
うんうん、そうよね! と同意しつつ納得しつつ読んだ。が、あまりにも趣味嗜好が似ていると、自分とは違った視点に出会わないので刺激不足。わたしはまだエール、ラガー、ピルスナーの違いをよく知らないので、そのへんもカバーしてくれていたらありがたかったのだけれども。
また、大田垣さんはビール好きを自称しているが、だったらアイリッシュ・パブやブリティッシュ・パブのビール/料理についてもぜひ取材して描いていただきたかったなぁ(セルフィッシュな要望だ)。
あと、これは批判でもイチャモンでもないのだが、本文でも「キリンビール大学学則」でも「飲酒は20歳になってから」と重ねて訴えている。そりゃ、ビール会社としては、法律を遵守することを前提にお酒を楽しむようアピールするのが当然とるべき立場というものでしょう。
しかし、わたしは飲酒も喫煙も未成年に禁じられていることが本気で納得できない。医学的データに基づいてはいるのだろうが、近代以前にはこんな禁則はなくって、明治初期には小学校2年生くらいの子どもが喫煙している情景なんて珍しくもなんともなかったそうだ。
「喫煙・飲酒は成人してから」がデフォルト扱いされている現代では、このルールに疑問を抱くひとはさほどいないのかもしれない。しかし、医学的データは政治利用されているにすぎず、データはあくまで平均値であって、個人差を考慮しない。そういう意味では、未成年/成人の線引きはあまり意味がない。
未成年からは問答無用で取り上げておきながら、成人すると手のひらを返したように、「まぁまぁ遠慮なさらずに」なんて無理矢理酒をすすめられることも少なくない。ホモソーシャルな場ではいまだに「酒に強い」ことがもてはやされたりする。このギャップがわたしにはまったく理解できない。「飲みたいひとから奪わず、飲みたくないひとには無理強いしない」ってことでいいんじゃないの?
一説によると、未成年の喫煙・飲酒を禁じた背景には、健康上の理由ではなく、公序良俗的理由があったらしい(そりゃ当時はまだ医学も発達してなかったからね)。要するに、「子どもが酔っぱらったり煙草を吸ったりしている姿はみっともない」と。
誰に対してみっともなさを恥じたかというと、「欧米諸国」に対してだ。日本は、目指すべき手本たる欧米から顰蹙を買わないように、つまりは「先進国」の仲間入りを果たしたいという虚栄心のために、一生懸命体裁を取りつくろったわけだ。それがいつのまにやら医学上の理由にすりかわってしまった。おいおい。
だいたいさぁ、公序良俗を理由にするなら、いい年したオトナが酔っぱらってクダ巻いたり、デカイ声張り上げたり、電車のホームや電柱にゲロ吐いたりする姿だって負けず劣らずみっともないよ。つっか迷惑だよ。本人たちはいい気分かもしれないけど、端で見てると恐くて緊張する。不特定多数の他者を無駄に恐怖させたり緊張させたりするのはやめていただきたいわ。
あら、またしても書評からズレてしまった。でもまぁ、大田垣キョージュには今後も「研究」を続けていただいて、よりマニアックな「ビールオタク」として第2弾を上梓していただきたい。

ビールでいただきます!
- 著:大田垣晴子
- 出版社:ソフトバンククリエイティブ
- 定価:1050円
livedoor BOOKS書誌データ?/?
書評を書く
