山田健
『東京・自然農園物語』
「農業ファンタジー」というミスマッチなコピーにつられてチョイス。しかし、騙された。いや、わたしの期待が過度だっただけか。「ファンタジー」って幻想的な文学作品ってことだよね? 「フィクション」なのはわかるが、ファンタジー??? うーん、コピーに無理があるんじゃないかなぁ。
表現の形式と内容の組み合わせはとても重要。演劇にたずさわっていると、「どうしてこういうものをわざわざ芝居にするんだろう?」と疑問に思う作品によく遭遇する。全部セリフで説明しちゃうんだったら、生身の役者使わずに、戯曲なり小説なりで表現すりゃいいじゃん、みたいな。
で、本作品も同じ。これ、小説じゃなくて漫画にしたほうが面白いんじゃないの? って感じ。登場人物はどれもキャラ設定はしっかりなされているんだけど、活字ではなくビジュアルで見せたほうがキャラが立つだろうし、小説だとどの人物もステレオタイプで平板な印象を受ける。深みも魅力も、わたしには感じられない。
農業については、きっとよく調べたのだろうと思う。「へー、なるほどね」と思わされる知恵や知識がそこここにちりばめられている。が、しかし、素人がそれなりに楽しくそれなりに苦労しながら農業にたずさわっていく、という大筋のストーリーが優先で、人物たちはそのストーリーを展開させるためのそこそこ効果的な小道具、くらいにしか思えない。活字で表現すると薄っぺらくても、漫画で表現すればきっと人物像に厚みが出てくるだろうに。
高校時代、活字至上主義の友人と論争したことがある。そいつは、「活字で表現できないものはない!」と豪語していた。わたしはそのころから、「表現形式は表現内容によって使い分けられるべきだし、活字ではけっして表現できないものもある」と訴えていたが、ヤツは頑として認めなかった。
しかし、あるときヤツは
『俺たちに明日はない』
を観て、自分の考えが間違っていたと素直に認めた。あのラストシーンは活字ではけっして表現できないと思った、と。
内容(なにを表現するか?)にばかりとらわれていると、形式(いかに表現するか?)がおざなりになってしまう。ネタによっては小説より漫画にしたほうがいいものや、映画で表現したほうがいいものもあり。しかし、作画スキルや構図をつくるスキルがなければしょーがない。小説は作文スキルさえあれば自分一人でコツコツつくれる、もっともリーズナブルな表現形式だが、中身と入れ物がマッチしていなければ、それこそ安っぽいものに仕上がってしまう。
……と、他人が書いたものについては遠慮なくズバズバ言えちゃうんだよな。

東京・自然農園物語
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