安井正
『ロジカル・コミュニケーション』
この本がウケるとしたら、タイトルと装丁の勝利ではないでしょうか。あと、本文イラストの影絵みたいなカエルがかわいい。でも、それだけかな。
筆者はまえがきで、欧米などは「あ・うん」の呼吸が通じない環境だ、と述べているけれど、わたし的にはそんなもん通じないほうがありがたい。相手への共感能力とか言いたいことを察知するスキルの高さを求められる「うん」側に回らされるのも勘弁してほしいし(こちとらアンタのおかーさんじゃないんだからさっ)、こっちが思ってもいないことを都合よく解釈される「あ」側にも回りたくない(赤ん坊扱いすんなっての)。
大学時代、サークルの後輩に、けっして口べたなわけではないけれど、単語でしかしゃべらないヤツがいた。こっちの顔を見るなり、「papyさん、電話!」。電話がどうした。たとえば部室でヤツが電話を受けて、それをわたしに回したいという状況ならわからないでもないけれど(それにしても誰からかかってきたのかくらい伝えろよー)、部室へ行く道すがらばったり出会ってこんなこと言われても、どういう文脈でヤツがその単語を発したのかさっぱりわかりかねるのだ。
わたしは少ない情報から相手の言いたいことを忖度して相手の意思表現力の芽を摘むことはしない。なので、ヤツが単語だけを発するときには逐一「○○がどーした」「△△だけじゃわからん」「前後を省略するな」と教育的指導をほどこしてきた。ヤツにそのような教育的指導をおこなったのはわたし一人ではなかった。その甲斐あってか、ヤツは徐々に、単語ではなく文でしゃべるようになった。
言葉数が少なすぎて言いたいことがわからないケースだけでなく、だらだらたくさんしゃべっても要点を得ないケースもあるんだよな。そういうのって、最初から自分の言いたいことが明確になっているわけではなくて、話をするなかで、相手の顔色とか反応とかを見て、相手が同意してくれそうだったらそっちの方向に話を持っていったり、渋い顔をしたら自分も相手に合わせて否定してみたりと、「あ」を長々とやりながら「うん」もやってるんだよね話者が。
だからこういうひとは結論をなかなか言わない。前置きやら背景やら理由(言い訳)やらを先に羅列して、聞き手の「うん」を待っているようなところがある。「察してほしい」オーラ出まくり。プレゼンテーションでこれをやられるのも勘弁してほしいけど、雑談とかブレインストーミングでも、わたしはあえて「察し」はしない。相手の言いたいことは相手にきちんと言わせる。判断とかイニシアティヴをこちらに委ねないでいただきたい。
「話がわかりにくい」のは、要点が整理されていないからというよりも、話し手自身が「なにをどうしたい」のかがわかっていないからだと思う。これはわたしの経験則。なにを言いたいのか見えてこない相手に、「で、あなたはどうしたいの?」と尋ねても、「わからない」と返ってくることが多い。なんででしょうね? 自分の意志や願望を否定されるとでも思っているんでしょうか(なんだかものすごく立派なことを言わなきゃいけないと思い込んでいるらしいし)。わたしはそのひとのしたいことが明確になったら、それを実現するためのアドバイスはできる限りするつもりでいるのだけれど、自分でもどうしたいのかわからないひとに代わって意志や願望を見つけてあげることはできないよ。
あと、「あなたの言いたいことがよくわからない」と言う側にも問題はある。わたしもよく「あなたの話は難しくてよくわからない」と言われることがあるけれど、「使っている言葉の意味がわからないなら質問してください。説明しますから」と言っても、「そういうわけではない」と返ってくる。じゃあ、どこがわかんないんだよー。
「話のレベルが高くてついていけない」とかも言われる。まぁ、わたしが日ごろウダウダ考えているようなことは、ほかのみなさんはあまり考えたことがないようですね。自己の内面に目を向けるのが苦手なひとが多いようで。ものわかりの悪いみなさんのおかげで、わたしの思考力・表現力は日々鍛えられております。ありがたいことです。
つーわけで、この本は大切ななにかを置き去りにしているなと感じるのでした。これ一冊読んだだけで論理的な話しかたができるようになるとは思えません。

ロジカル・コミュニケーション
- 著:安田 正
- 出版社:日本実業出版社
- 定価:1365円
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